「私服でお越しください」は良い施策か?―リクルートスーツは適切な採用に貢献しているか否か―

小宮 健実(こみや・たけみ)
2014/09/09
イントロダクション
皆さん、こんにちは。採用・育成コンサルタントの小宮健実です。
学生の就職活動がマスコミに取り上げられる際、大勢の応募者がみな同じようなリクルートスーツを着用して説明会などに参加している様子について、「異様だ」「個性がない」などといったコメントがなされているのを見ることがあります。コメントが的を射ているかはともかく、確かに異様といえば異様な光景といえるかもしれません。
実際のところ、リクルートスーツには合理性も見出せれば、個性の埋没を見出すことも、どちらも可能だと思います。採用担当者の皆さんも、当事者である学生も、社会の批評をすることが仕事の方々も、それぞれ様々な意見があるのではないかと思います。
今回私は、選考設計の専門家という立場から、極めて客観的に、選考、つまり見極めの場にリクルートスーツではなく、私服で応募者を呼び出した際、選考の質に対して何が影響を及ぼすのかということについて言及しようと思います。
特に来年は、採用選考に関する指針における採用活動のスケジュール変更を受け、最も暑い8月に選考を行う企業も多いと思います。
夏の盛りにリクルートスーツを着た学生が街に溢れれば、マスコミがまた揶揄することでしょう。「面接は私服でお越しください」とする企業も増えると思います。自社はその時どうするか、その判断を安易にする前に、当コラムに目を通していただければと思います。
私服で増える応募者の人物像情報
まず、私服とリクルートスーツの情報量の差について考えていきたいと思います。
私服の応募者を面接する際には、応募者から面接者に、新たにかなり多くの情報が与えられることになります。
応募者から発信される情報は、応募者が話す言葉の意味情報、話される声の大きさや調子、抑揚など耳から入ってくる聴覚情報、そして応募者の態度や表情、服装など、目から入ってくる視覚情報に分けられます。
これらの情報の中で、視覚情報は「断然」情報量が多いとされています。面接の場で、もともと面接者は応募者から視覚的な情報を多く受け取っていますが、皆同じようだった応募者の服装がそれぞれ異なるものになることで、さらに多くの情報を受け取れることになります。
つまり、応募者を見極めるための情報をよりたくさん受け取ることができます。
面接の時間は短く、その間になるべく多くの情報を引き出さなくてはなりません。そういう意味では今後、私服で応募者に参加してもらい、多くの情報を得ることは重要になってくるかもしれません。
「観点」と「基準」は1セット
一方で、集めた情報をどのように利用するかという問題があります。
情報を多く得てもそれを適切に利用できなければ、収集した情報には意味がないといわざるを得ません。
選考の大切な設計要素として、評価の「観点」と「基準」があります。これにより、人材の「何」が「どの程度」なら合格とするかを共有することが可能になります。そして「観点」と「基準」は、その人材が自社で活躍できることに通じていなくてはいけません。そしてとても大事なことですが、それは誰かの思い込みではなく、客観性をもって設定されなければいけません。
これを今回のテーマになぞらえると、応募者の私服が「どの程度」ならば良しとするかといった、判断基準が必要だということになります。しかしこの基準を作成することは、現状では極めて難しいといわざるを得ません。服装と仕事の質に相関があるというきちんとした分析に基づかない限りそこに客観性はなく、単なる主観、思い込みということになるからです。
こうなると、服装で「活躍する人材」を評価するのが難しいのならば、常識的な観点で見た時に、著しく服装に問題があった場合のみ評価に使用しようという、いわゆるネガティブチェックに用いるという考え方が出てくると思います。もちろんそれは可能です。次章でさらに私服にする影響を述べますので、それらの情報と併せて、総合的に意思決定をしていただければと思います。
面接者が乗り越えなければいけない壁
さて、一般的に面接では、応募者に質問を行い、その回答(応募者から発せられた言葉)に対して評価をします。特に、行動の質の高い応募者をとるために、応募者の過去の行動(何かへの取り組み)の情報を収集して評価するコンピテンシー面接が主流になっています。
私は面接者トレーニングの講師を務めますが、その際に最も配慮することのひとつが、面接者が自分の主観で勝手に評価を行わないように指導することです。
例えば上述したコンピテンシー面接では、応募者の発した「言葉の意味」に集中し、主観ではなく、自社で設定した評価の観点について、基準に沿って客観的に評価することを求めます。
実際には面接の場ではいろいろな思い込み(これをスキーマといいます) から、評価にバイアスがかかります。最も有名なのが、ハロー効果と呼ばれるスキーマで、第一印象で好感を持つと、その後どのような情報発信をされても好意的に受け取ってしまうというものです。このスキーマには、見た目の第一印象が大きく関わっています。
前ページで紹介したように、そもそも面接の場では応募者から発信された情報のうち、視覚から入ってくる情報量が最も多いのですが、私服はさらにそれを最大限強化すると考えられます。翻って応募者が発する情報において「言葉の意味」情報は1割以下と考えられており、面接者は評価に用いる情報を適切に汲み取るスキルが求められます。
つまり面接者には、ハロー効果のようなバイアスが極めて発生しやすい環境の中で、少ない情報に集中してもらうことを強いることになります。
これは経験の少ない面接者や、そもそも自身の主観に基づいて見た目の判断をしてしまっている面接者の評価の質が、さらに低下することにつながります。
服装をネガティブチェックに使うことについても、それと引き換えに面接の質そのものが大きく低下するようなことがあってはならず、よく検討した上で実施することが必要です。
さて、このように実施にあたっては、面接者が乗り越えなくてはならない壁があるというのが私の見解です。
ここから先、応募者の服装に関してどのように考えるかは、各社で判断が分かれると思います。
いずれにしてもある程度の指示を出さないと、来年は真夏の炎天下に上着を着た就活生が面接に走るという光景を見ることになってしまいます。自社の選考設計の質を高くキープした上で、学生の服装の指示にも適切な運用がなされることを期待しています。
- 小宮 健実(こみや・たけみ)
- 1993年日本アイ・ビー・エム株式会社入社。 人事にて採用チームリーダーを務めるかたわら、社外においても採用理論・採用手法について多くの講演を行う。さらに大学をはじめとした教育機関の講師としても活躍。2005年首都大学東京チーフ学修カウンセラーに転身。大学生のキャリア形成を支援する一方で、企業人事担当者向け採用戦略講座の講師を継続するなど多方面で活躍。2008年3月首都大学東京を退職し、同年4月「採用と育成研究社」を設立、企業と大学双方に身を置いた経験を生かし、企業の採用活動・社員育成に関するコンサルティングを実施。現在も多数のプロジェクトを手掛けている。米国CCE,Inc.認定GCDF-Japanキャリアカウンセラー。

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