採用担当者としての学生との向き合い方 ―採用担当者が直面する悩みや葛藤について考える―

採用に携わる人間が直面しがちな悩みや、学生と向き合うときに抱えてしまうであろう葛藤など、採用担当者の持つさまざまな内面的な問題について取り上げ、考えてみようと思います。今回は「個人」と「企業人」としての立場について考えてみましょう。

イントロダクション

こんにちは。採用ナビゲーター・辻太一朗です。

今回は、お付き合いのある採用関係の方々からお伺いした話や、自分自身のこれまでの経験を振り返ってみて、採用に携わる人間が直面しがちな悩みや、学生と向き合うときに抱えてしまうであろう葛藤など、採用担当者のさまざまな内面的な問題について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

先日、ある企業の採用担当の知人と話していたときに、彼がこんな言葉をもらしていました。

「ウチと他社の内定を持っている学生から、この前、真剣に相談されたんです。私のことを本当に信頼してくれているので、いい加減なことは言えなくて……」

新卒採用を担当していれば、実に「よくある話」だと思います。複数の内定を持つような学生は、いろいろと思い悩むものですし、そういう相手を動機づけて、自社を選んでもらい、入社まで導くのは、企業人である採用担当者として、もっとも重要な仕事かもしれません。

一方で、ある学生と何度も話をし、その深いところまで理解できるようになってくると、相手のパーソナリティによっては、「この学生が入社するのは、本当に自社でいいのか」「もっと向いている会社があるんじゃないか」という疑問が頭をもたげてくることがあるのも、一個人として当然のことだと思います。

まだ採用担当者として駆け出しのころ、私自身も、よく似た悩み、葛藤を抱えていました。知人のもらした言葉を聞いて、あのころと時代は変わっても、「採用担当者としての自分」と「一個人としての自分」の狭間から生まれてくるような悩みは、多くの方がお持ちなのではないかと感じました。

これからお話しする私の経験が、同じようなことで悩んでいる皆さんにとって、少しでもお役に立つものであれば幸いです。

「個人」と「企業人」としての立場

私は新卒でリクルート(当時)に入社後、初年度から人事へ配属になり、新卒採用を任されたのがきっかけで、今まで本当に多くの学生と出会ってきました。

その入社2年目の出来事です。内々定を出し、自社への入社を決めていたはずの学生から、こんな相談を受けました。

「親から、『お前は物事をマイペースに、じっくり考えるタイプなんだから、スピード重視でキツそうなリクルートより、落ち着いて物事を進められる企業の方が向いているんじゃないか?』と言われているんです」

確かに、当時のリクルートという会社は、変化が早く、経営も現場もスピード重視という世間的なイメージがあり、事実、その通りの社風でした。相談してきたその彼は、私の目から見ても、他の学生より、いくらかのんびりしていて、真っ先に自ら手を挙げて周囲を引っ張っていく、リクルートによくいる社員のようなタイプでありませんでした。

もちろん、内々定を出していたことからもお分かりのように、十分に自社にとって望ましい特徴を持つ学生ではあったのですが、一方で、そんな彼が、このリクルートという会社で、本当に無事、やっていけるのだろうかと不安な気持ちが私にあったのも事実です。

当時、私は彼とさほど年齢が変わらない入社2年目でしたから、つい感情移入をしてしまい、いろいろと思い悩んでしまいました。

「仮に、このまま入社したとしても、1年ほどで辞めてしまったらどうしよう」
「仮に、10年ほど勤められたとしても、入社したことを後悔するようになってしまったら……」

自分の不安な気持ちを、正直に、彼にぶつけた方がよいのだろうか? しかし、私は採用担当者として彼を入社へ導くべき立場にあるのですから、あまりネガティブな発言をするわけにもいきません。

さて、皆さんは、このように「個人」と「企業人」としての立場の板挟みになったとき、どのようにお考えでしょうか?


悩んだ末に出した、ふたつの結論

もちろん、こういう悩みや葛藤に正解はないでしょう。正しい解決策があるわけでもないでしょうが、当時の私が自分なりに、悩みに悩んで出した結論は、以下のふたつでした。

1. 絶対にうそはつかない。

2. 今後も彼が悩んでいるときに、一緒に悩もうと思えるか想像すること。

1に関しては、彼がリクルートという会社に向いていないと感じてしまった以上、「いや、君はウチの会社に向いているよ」という類のことは、絶対に言ってはいけないと考えました。

これから仲間になる相手をだましたり、相手からうそをつかれたと思われてしまったりということは、入社後の関係をおかしくしてしまうと考えたからです。

かといって、採用担当者として自社にとって望ましい学生を採用したい立場からも、また学生が信頼してくれていることからも「他社の方がいいかもね」「僕は分からないから自分で考えなさい」というような言い方もしたくないと思いました。

そこで考えたのは、別の視点からの考え方を提供するということでした。

彼の行動や判断のスピード感について指摘し、こちらの社風に合わせてもらおうというようなことはせず、私が彼の長所だと思っている部分を、リクルートという組織の中で、どうやって発揮してもらうか。どうすれば、彼の長所を社内で生かせるのか。

そういうことを、できるだけ具体的に伝えていくことで、個人としての心情と採用担当者としての役割を折り合わせることができるのではないかと思ったのです。彼の深く考え抜く能力というのは、周りの人間がスピーディに動いている中でも、絶対に生かせる力だと思っていたので、そうした点を伝えるようにしていきました。

採用担当者として、どうしても答えたくないことを聞かれたときには、「言えない」と言ったこともあります。彼はそれを「不誠実だ」と受け取ったかもしれませんが、うそをつくよりマシだと思ったのです。

2については、入社前の今だけでなく、彼が入社して何年かが過ぎ、仮に、仕事上のことで悩んでいたとして、そういうときでも彼の力になりたいと思えるのかを、自問自答しました。

そういう光景を具体的に想像してみて、そこまで真剣に彼のことを思えるのであれば、たとえ彼のご両親が入社に否定的であったとしても、入社を勧めるべきだと考えました。

もし、彼のご両親や私の不安が的中して、彼のパーソナリティとリクルートという会社の社風が合わず、仕事がうまくいかないような状況になってしまったとしても、そのことの責任は取れません。ですが、そういう事態になったとしても、一緒に考えることはできるし、一緒に考えたり悩んだりすることからは、絶対に逃げない。今、自分自身にそう約束できるのなら、自社への入社を勧めることは無責任なことではないと思ったのです。

採用担当者の中には、自社では不合格になった学生が他社へ入社した後も、相談に乗り続けるような方もいらっしゃるようです。こういう、真摯に学生と向き合うことで、思ってもいなかったような人間関係が続いていくようなことも、採用という仕事の醍醐味のひとつなのかもしれません。

結局、その彼とは、何度か話をしました。私なりに、きっちり対応したつもりです。その結果、入社するに至りました。

重要なのは、自分なりに納得できる「何か」

新卒採用では、学生と企業との間に情報の質・量ともに圧倒的な格差があり、「情報の非対称性」ということがよくいわれます。

また、新卒採用で入社する企業は、その後の社会人人生を左右するほどの重要性を持っているということも、よく指摘されます。

採用担当者というのは、ある意味で、学生にとっては不公平な立場から、相手に重大な判断をしてもらうような仕事でもあるわけです。

駆け出しのころの私は、「新しい仲間を探す」という本来、楽しいはずの行為を、目標を持たされて、仕事としてやらなければならないということに、ある種の「つらさ」を感じていました。自ら望んだわけではない、不公平なほど強い立場に立たされて、それでも真摯に学生と向き合うためには、これまでお話ししてきたような自分なりに納得できる「何か」が重要だったんだと、今では思います。

と同時に、こうした個人的な悩みや葛藤を経てはじめて、見えてくることがあることも事実です。私自身、一人ひとりの学生と真剣に向き合うことで、物事を多角的に見ることの重要性をあらためて思い知り、社会人として成長できた記憶があります。

悩まず、葛藤せず、淡々と、仕事として採用活動をこなすスタイルもあるでしょうが、採用が「人と向き合う」仕事である以上、そこには限界があると思います。特に、まだ採用経験の浅い皆さんは、いろいろと思い悩む中で、自分なりに納得できる「何か」を見つけ出してほしいと思います。


今回は、私自身の実体験をもとにした、少々、内面的な事柄について、お話ししてきました。

このコラムをお読みの方の中にも、いろいろな悩みをお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。少しでも参考にしていただければ幸いです。

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辻 太一朗(つじ・たいちろう)
辻 太一朗(つじ・たいちろう)
(株)リクルート人事部を経て、1999年(株)アイジャストを設立。
2006年(株)リンクアンドモチベーションと資本統合、同社取締役に就任。
2010年(株)グロウス アイ設立、大学教育と企業の人材採用の連携支援を手掛ける。
また同年に(株)大学成績センター、翌11年にはNPO法人DSS (大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会) を設立。
採用に関わる多くのステークホルダーを理解しつつ、採用・就職の"次の一手"を具体的に示すことに強みを持つ。

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