小宮 健実(こみや・たけみ)
2013/07/09
イントロダクション
皆さん、こんにちは。採用・育成コンサルタントの小宮健実です。
今期の採用活動もようやく終息だというお話を伺えるようになってきました。早い企業ではすでに振り返り分析や、夏に行うインターンシップ、来期に向けた採用活動の戦略構築に着手されているようです。
さて、今回は「採用活動の振り返り」について、ひとつの事例をお話ししたいと思います。ある企業が採用広報で行ったイベントを例にとり、決して大げさなものではありませんが考察を試みたいと思います。そして、それが本当に有効な施策であったのか、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
採用広報のイベントは費用もワークロードも大きなものとなります。適切に振り返り、次年度に向けた改善策を講じることは、どの企業にとっても必須のアクションだと思います。その方法はさまざまあると思いますが、今回のケースもひとつの手掛かりとしていただければと思います。
では、A社の採用担当者Kさんが、上司のY課長にある質問をされたケースから考えてみましょう。
満足度94パーセントは成功か?
「Kくん、今年の採用活動もようやく終了だね。ところで君が提案して今年から新しく実施したセミナーがあっただろう? あれは結局、効果はどうだったのかな?」
「そうですね、感触はよかったですね。アンケートはとっていますし、ようやく手が空いてきたところですから、簡単にまとめて報告します」
「うん、せっかく君が提案して新しく行った施策だし、部長にも話しておきたいから頼むよ」
「はい、では今週中には」
課長は今年新しい試みとして行った、企業理解セミナーの効果に関心があるようだった。
うちの会社は、決してエントリーが少なくて困る企業ではないが、受けてくる応募者の企業理解は決して高いわけではない。それが内定辞退の原因になっているのではないかと判断して、今年は選考直前にもう一度セミナーを開くことにしたのだ。
僕はさっそく数字をまとめた。簡単ではあるがアンケートをとっていたのは正解だった。当日の参加者の様子や、集計はしていないがアンケートに記載されていたものを少し見た感触からは、あのセミナーの満足度は相当高かったと思っている。きっと課長にも安心してもらえる報告になるだろう。
***
よし、数字はこんな感じだな。
総エントリー数は例年並みだ。その母集団にセミナーの参加を呼びかけた。
セミナーに参加したのは735人。セミナーに参加しなくても選考には参加できるのだが、現在の内定者55人のうち、半数はこのセミナーの参加者だ。
イベント参加者の満足度はすこぶる高い。全参加者の94パーセントが満足と答えている。 一応の成果が上がっていると考えるので、来年はさらに参加者の増加を目指したい。特に課題としては、今年は半数程度であった内定者の参加をもっと増やせるようにしたい、として報告書をまとめた。
***
「なるほど、満足度、高いね」
「はい。あの時期に、積極的に社員の方にご協力いただけたのが勝因だと思います」
「なるほどありがとう。数字については分かったよ。でも少し情報を足してくれないかな。つまりこのセミナーを実施する目的は、参加者に喜んでもらうのはもちろんなんだけど、その結果として、我々が内定者をつくり出すプロセスによい効果を与えていることが重要だよね。この数字だけだと、それがちょっと読み取りづらいなあ。もう少し考えて工夫してみてよ」
「あ、はい……」
僕は生返事をして、口ごもってしまった。Y課長が具体的に何を求めているか、さっぱり分からなかったからだ。
***
とりあえず、セミナー参加者の数字をもう少し詳細に追ってみるかな。できるとしたら、せいぜいそれをセミナー満足度別に見てみることだろう。
うーん。こうしてみると、むしろ不参加者との比較が気になるな。セミナーに満足したと答えた人たちと、セミナーに不参加の人の数字の傾向は、なんだかすごく似ている気がする。
「率で示してみるかな……」
僕は少し不安になっていた。「内定者をつくり出すプロセスによい効果を与えていることが重要だ」と言ったY課長の言葉が、頭の中にずっとこびりついていた。
内定者の半数を輩出し、満足度も疑いなく高かったイベントです。しかし、この後Kさんがつくった表は、セミナー単体で得ていた成果と、異なる印象を与えるものになったのです。
成功を示す数字を探せ
僕が最終的につくった表がこれだ。
気になるのは、赤色の枠を付けたところだ。まず、「選考参加率」。イベント満足度が高い人は、イベント満足度が普通の人よりも、高い割合で選考に参加していてよいのではないかと思うが、あまり差がない。
それともうひとつは、「内定受諾率」。イベント満足度の高い人と、イベントに不参加の人たちが、ほとんど同じ数字になっている。イベントに参加したことで企業理解が深まり、内定受諾率が高まっていることが理想なのではないだろうか。
おそらくY課長が言っていた、内定者をつくり出すプロセスによい効果を与えたかどうか、というのはこういう数字のことだ。我々の行う施策はいつだって単体の成功ではなく、その先にある「採用」のために行われているのだ。
実はセミナーを実施したとき、僕の頭の中ではいつのまにか「セミナーの成功」=「参加者の満足度」になってしまっていた。企画の段階では確かに、企業理解を高めれば内定辞退が減ると言っていたのだが……。途中から口だけになっていた。当然、内定者をつくり出すプロセスによい効果を与えるかどうかなんて、大局的な視点はなかった。
***
「というわけで、ちょっと自信がなくなりました。すみません……」
「そうか。でも、今年はとりあえず採用人数は確保できたのだし、K君が狙った効果は可視化できないけれど、実際満足度は高かったのだし、次回、狙いに対する効果という観点で、しっかりと改善しよう」
「はい……」
「それにはまず、セミナーで伝えなくてはいけないことはなんなのか、しっかりと考えなくてはいけないね。そして考えるだけではなく、本当に伝わったかどうか検証するということかな。今回、企業理解が高まった状態で選考に参加すれば、内定辞退が減るという考えで行ったのならば、満足度ではなくて、企業理解度を測り、それと内定受諾の情報を突き合わせなくてはいけないね」
「はい、そうですね」
「K君、これからは毎年内定者と内定辞退者にアンケート調査を実施しよう。そこでしっかり行った施策の効果を検証して、翌年の改善策につなげよう」
「はい。すぐに準備します」
狙いと効果の検証=戦略構築力
採用活動には、たくさんの施策が伴います。採用広報だけでなく、見極め(評価)や、惹きつけのための施策もあります。
そしてそのすべては、内定者(内定受諾者)をつくり出すためにあるといえます。施策単体での成功はもちろん大切ですが、それらが有機的につながり、最終的にもっとも大切な目的に寄与しなくてはいけません。一人のエースがいても必ずしもチームの勝利につながらないのと同じように、施策単体の成功では、採用活動の成功はなんら保証されないのです。
私も実は採用担当者時代には、施策単体の成功を示す資料しか作成していませんでした。施策の成功が、最終目的の達成に寄与しているかどうか、それに目が向いたのは統計について少し知見を得てからのことです。
今回のA社の事例も、セミナー単体の成果(満足度)から、採用活動の最終目的に対する成果へ、目線を持っていくことを示した程度にすぎません。大切で大きな第一歩ですが、振り返りとしてはもっともっと質を高めていく必要があるでしょう。
具体的な分析方法としては、本当の意味で施策の成果を測るには、回帰分析という手法をとることが望ましいといえます。統計について学んだ人しか扱えない手法ではありますが、そうした分析を行うことにより、経験や主観で判断をしがちだった「効果」というものが、数値的に可視化されます。例えば、セミナーに参加した人は、参加していない人よりも自社への志望度が0.8ポイント上昇する、といった具合です。
採用活動も主観から脱し、科学やナレッジを導入すべき場面がどんどん増えています。振り返りはその最たる場面と思います。採用担当者には現場を回すだけでなく、科学的な観点で施策を考えられる戦略構築力が求められているのです。その第一歩として、今回の話が少しでも参考になれば幸いです。
- 小宮 健実(こみや・たけみ)
- 1993年日本アイ・ビー・エム株式会社入社。 人事にて採用チームリーダーを務めるかたわら、社外においても採用理論・採用手法について多くの講演を行う。さらに大学をはじめとした教育機関の講師としても活躍。2005年首都大学東京チーフ学修カウンセラーに転身。大学生のキャリア形成を支援する一方で、企業人事担当者向け採用戦略講座の講師を継続するなど多方面で活躍。2008年3月首都大学東京を退職し、同年4月「採用と育成研究社」を設立、企業と大学双方に身を置いた経験を生かし、企業の採用活動・社員育成に関するコンサルティングを実施。現在も多数のプロジェクトを手掛けている。米国CCE,Inc.認定GCDF-Japanキャリアカウンセラー。
「振り返り」
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