曽和 利光(そわ・としみつ)
2013/06/18
イントロダクション
こんにちは。組織人事コンサルタントの曽和利光です。
今回は、学生が入社後につまずいて、低業績、メンタルヘルス悪化、早期退職……などということがないように、内定者の間にどのような育成を施せばよいかについて述べたいと思います。
企業によっては、内定から入社までには1年近くの長い期間があります。内定期間の過ごし方で、入社してからのスタートダッシュがかなり違いますので、この期間を有効に生かさない手はありません。
内定期間は大きくふたつに分かれます。ひとつは「内定固め」の期間、もうひとつは「入社準備」の期間です。
「内定固め」の期間とは、学生が意を翻して内定辞退してしまうことがないように、採用活動時の延長線上で学生をフォローし続ける期間です。多くの企業が設けている10月の内定式までは、この期間と考えてよいでしょう。
「入社準備」の期間とは、入社意思が揺るぎないものになった内定者に対して、入社後に配属された職場でうまくスタートを切れるようにするために、さまざまな事前準備をしてもらう期間です。内定式以降から入社直前までの期間が、これにあたります。「内定固め」がそれぞれの内定者に合わせてケアをするというイメージに対して、「入社準備」はこれから入る自社の職場や仕事への「適応」を促すことを目的とするもので、内定者側に「合わせてもらう」ものです。
どのように「適応」してもらうかについては、どのような職場や仕事があるかによって異なるでしょう。しかし、理想の形は、「まずは、なんでも頑張ります」という状態になることです。これを私は「白紙化」と呼んでいます。
入社準備の理想は、キャリアに関する先入観の「白紙化」
「白紙化」とは、決して「軸を失う」とか「アイデンティティを捨てる」ということではありません。もちろん、「洗脳」するわけでもありません。そんなことはする必要もありませんし、できません。
私のいう「白紙化」とは、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツが提唱している「計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」にある「これからの時代によいキャリアを歩むために必要な資質」である「好奇心」や「持続性」「柔軟性」「楽観性」「冒険心」を身に付けてもらうということです。
もっと簡単にいえば、与えられた環境に対してオープンマインドになり、「何でもやってみよう」と思えるようになることです。
古典的なキャリア理論 (※) では、「その人の適性を見分けてうまく配置する」ことの重要性が示唆されていました。大事にしている価値観を早期に見極めて、それが満たされる場に置くことで、その人にとってよいキャリアを歩ませてあげることができるという考え方です。
※ エドガー・シャイン「キャリア・アンカー」(キャリアを選択する際に、最も大切な価値観や欲求。「管理志向」「専門志向」「安定志向」「創造志向」「自律志向」「奉仕志向」「挑戦志向」「生活志向」※曽和意訳)などが有名。
しかし、最近のような変化の激しい時代においては、「ひとつに決めて、あとは突っ走る」というキャリアの歩み方が必ずしもよいわけではないと思います。ひとつの目標に向かって一直線に進んだ挙句、ゴールに着いたと思ったら、その価値は既に陳腐化していた……というようなこともおおいにありえます。
むしろ、自分のキャリアについて隅々まで厳密にデザインしきってしまうのではなく、遊びの部分を残した緩やかな枠設定を行った上で、あとは虎視眈々と、自分を取り囲む環境からやってくるチャンスのサインを見逃さないように、目の前の仕事に頑張って取り組む方が、結果、よいゴールにたどり着けることが増えているように思います。
皆さんの会社や業界の変化の激しさ度合いにもよりますが、時代的には上記のように「決めてしまう」ことよりも、「オープンマインドでいること」の方がキャリア形成上、有利になってきているのではないでしょうか。
現実的な話として、必ずしも、内定者全員の配属希望がかなうわけではありません。むしろ、人気の部署や職種は希望が殺到するわけですから、多くの人は半ば不本意な仕事につくことが多いでしょう。希望が叶えられなかったという思いは、仕事への意欲減退や低業績の「言い訳」になりえます。はっきりいえば、そんなことは一種の「甘え」なのですが…。
入社時点では、自分のキャリアの希望はいったん横に置いて(捨てさせる必要はありません)「まずは、与えられた仕事に素直に一生懸命取り組んでみよう」と思えること、就職活動の中で「仮に」設計したキャリアデザインを「白紙化」して入社に臨むことが、本人にとっても会社にとってもよいことだと思います。
「白紙化」は「魅力の均質化」と「キャリア事例」と「理論」から
では、どのような流れでキャリア志向の「白紙化」へと導いていけばよいかについて、プロセスの例をお伝えします。
最初にやるべきことは、会社の中にあるさまざまな仕事についての「魅力度」を均質化することです。本来の価値とは別に、「花形」と呼ばれる部署と「裏方」と呼ばれる部署の間には、内定者から見た魅力度にどうしても差ができてしまうものです。まだ、仕事の本質を十分には分かっていない学生にとっては見えるものがすべてなのです。
そういう現実を踏まえ、採用担当者はまず、どの仕事に人気があり、どの仕事に人気がないかについて知る必要があります。配属面談を行うなどして、実際に内定者に聞いてみるのが手っ取り早いでしょう。第一希望から第三希望までなど、希望の配属先のアンケートを取ってみれば、傾向はすぐ分かるはずです。
その上で、次にすべきことは、「人気のある仕事」の「幻想」を取り除くことと、「人気のない仕事」の「偏見」を取り除くことです。「人気のある仕事」においては、「どんな大変なことがあるのか」「苦労や辛いことは何か」などにフォーカスして情報提供することで、単なるイメージで希望する人を遠ざけます。逆に「人気のない仕事」は、「どんな喜びがあるのか」「何が身に付くのか」などにフォーカスして情報提供し、「食わず嫌い」を極力少なくなるようにします。
また、仕事を「抽象化」することで、「どんな仕事も結局は一緒」という考えを持ってもらうことも効果的です(私自身、多くの仕事は共通点があり、大まかに見れば一緒だと思っています)。
例えば、マーケティングの仕事は「知的」で面白く、人事の仕事は「ルーチン」でつまらないと思っている学生に対して、どちらの仕事においても、仕事のプロセスを抽象的に見れば、「問題発見」⇒「原因分析」⇒「対策立案」⇒「導入実施」⇒「試行錯誤」⇒「成果創出」という流れは一緒であり、「身に付く力も、得られる面白みも一緒なのだ」ということをきちんと説明してみてはいかがでしょうか。
魅力の均質化を“裏目的”にした仕事情報のインプットが終わったら、次は、実例を見せることが重要です。内定者にとって「人気のない仕事」についている活躍社員を起用して、例えば「最初は特に希望ではなかった」⇒「しかし、とりあえず取り組んでみると、だんだん面白さが分かってきた」⇒「今は、この仕事ができたことはラッキーだったと思っている」というようなストーリーを語ってもらいます(もちろん実際のストーリーを)。
特に、重要なのは1での目的でもあった「どんな仕事でも得られるものは一緒(似ている)」ということを理解してもらうことと、「最初は不本意でも、素直にやってみれば、違う世界が見えてくる」という実例を認識してもらうことです。
実際、今の時代にスター社員になるような人は、「オープンマインド」で、目の前のことに素直に頑張って取り組んでいる人が多いでしょうから、そういう事例を探すことはそれほど難しくないのではないかと思います。
最後は、「理論」による“押さえ”です。前のページで述べたようなキャリア理論の話をするなどして、事前に具体的な事例を聞いて体感したことを、頭で理解させ、定着させます。
これに関しては、内定者の特質(感覚タイプか論理タイプかなど)に応じて、やらなくてもよい場合もあります。理屈で納得したい内定者が多いような会社では、会社のキャリア開発方針として、「オープンマインド」的なキャリア行動を求めるという話をして、最後の締めとするのが美しいと思います。
以上、今回は入社後につまずかせないため、キャリア志向の「白紙化」について述べました。繰り返しますが、これは会社の便宜のためだけに行うものではなく、内定者自身、新人自身がよいキャリアを歩むためにも必要なことであると私は思っています。
スキルの低い新人時代に、いきなり、責任の重い面白い仕事をさせてくれることは現実には多くはありません。仕事の9割がアシスタントや雑務ということもあるでしょう。そんな時でも、新人諸君が自分の仕事を、自分のキャリア観や価値観に紐づけて、意義あるものとしてモチベーション高く取り組めるようになるためには、まず、「入社する1社を決めなくてはならない」就職活動によって固定化されてしまったキャリアデザインを、もう一度溶かして「白紙化」する=「オープンマインド」になるようにサポートしてあげることが重要なのです。
- 曽和 利光(そわ・としみつ)
- 1995年(株)リクルートに新卒入社
、人事部配属。
以降、一貫して人事関連業務に従事。採用・教育・組織開発などの人事実務や、クライアント企業への組織人事コンサルティングを担当。リクルート退社後、インターネット生保、不動産デベロッパーの2社の人事部門責任者を経て、2011年10月、(株)人材研究所を設立。現在は、人事や採用に関するコンサルティングとアウトソーシングの事業を展開中。
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