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2019/09/11

「主体性」と「リーダーシップ」の狭間-リーダーシップの気づきを誰から得るか-

小宮 健実(こみや・たけみ)
1993年日本アイ・ビー・エム株式会社入社。 人事にて採用チームリーダーを務めるかたわら、社外においても採用理論・採用手法について多くの講演を行う。さらに大学をはじめとした教育機関の講師としても活躍。2005年首都大学東京チーフ学修カウンセラーに転身。大学生のキャリア形成を支援する一方で、企業人事担当者向け採用戦略講座の講師を継続するなど多方面で活躍。2008年3月首都大学東京を退職し、同年4月「採用と育成研究社」を設立、企業と大学双方に身を置いた経験を生かし、企業の採用活動・社員育成に関するコンサルティングを実施。現在も多数のプロジェクトを手掛けている。米国CCE,Inc.認定GCDF-Japanキャリアカウンセラー。

イントロダクション

皆さん、こんにちは。
採用・育成コンサルタントの小宮健実です。

今年の夏は、インターンシップをはじめとした学生向けプログラムの企画運用支援で多忙を極めてしまいました。

9月になり、夏も終わりの兆しが見え始めたところで、ようやく少し落ち着くことができました。

さて、学生向けプログラムは、当然学生に何かを理解してもらうために行うわけですが、一方でこちらが学生について理解が深まることもたくさんあります。

最近の学生の生活の様子や、学生気質の傾向、就職活動への意識など、得られる情報は枚挙に暇がありません。

そうした中でも、今回は私が個人的に納得感が強かったことについてお話ししようと思います。
調査や統計ではなく、私が体感したことで恐縮ですが、何かの参考になればと思います。

では、さっそく始めていきましょう。

最もわかりやすい「主体性」の成長

私が学生と接する機会は、大学のゲスト講師としてのプログラム(授業の一環)、インターンシップ、就職関係のプログラム、実際の選考の場などがあります。

どれも学生を観察できる場ですが、そうした場で最も顕著に感じ取れるのが、学生の「主体性」です。

学生と接すると、低学年ならば低学年なりの、上級生になれば上級生なりの主体性が身に付いていることがわかります。

低学年の主体性の本質は、「与えられたことに真面目に取り組むこと」です。

与えられたこと、と言っている時点でそもそも「主体性」=「自ら行動を起こす」という本来の定義から外れていますが、(揶揄しているわけではなく)真面目に授業に臨む学生も多く、それはそれで「意志を感じる」ことが少なくありません。

つまり、本質的ではないけれど、低学年の学生に主体性の片鱗を感じることが少なくありません。

これが高学年(3年生)になると、自ら意思決定をして行動しているという、本来の「主体性」を発揮している学生がたくさんいます。

大学では高学年になると必修科目ではなく、選択科目が増えます。
学外の活動でも自らの好奇心によって活動対象を選択し、行動を起こす量が増えます。

こうした活動が増えてくると、活動に対する意志の強さ、活動の難易度や継続性などから、個々人の主体性のレベル感を測ることもできます。

学生と接して話を聞くと、こうしたことについて個々に検証することができ、実感を得ることができます。

最も興味深い「リーダーシップ」の成長

もうひとつ、私が興味深いと思っているのは、集団活動におけるリーダーシップです。

ちなみにリーダーシップとは、役割としてのリーダーではなく、チームを成功に導くために(ある場面においては)自分が周囲をリードする(役割を主体的に果たす)ことを指しています。

つまり、リーダーシップはチームの全員に求められるものです。

これは、サッカーなどのスポーツを思い起こしてもらうと良いかもしれません。
試合では場面場面において、各々のプレイヤーが代わる代わるリーダーシップを発揮して、チームをリードし勝利に導きます。

私は、主体性とリーダーシップは、漫然とつながっていると思っていました。

つまり、主体性を高めると、やがてリーダーシップとして開花するといったようなイメージです。

そもそも自分からインターンシップに参加するような学生は、あるレベルの主体性をすでに獲得していると考えてよいと思います。

そうした学生が、インターンシップで集団活動を体験すると、リーダーシップも身に付くだろう、やがて将来は役割としてのリーダーもこなすような人材になるだろう、という漠然とした人材育成のイメージが私にはありました。

しかし、むしろ最近実感したのは、リーダーシップは、グループワークのような集団活動を体験してもらっても、「自然に身に付くわけではなさそうだ」ということです。

できなかったのはみんなの責任?

リーダーシップについてわかりやすい例は、グループで時間制限がある中で何か成果物を作ることを課されている場面に見ることができます。

学生のグループワークでは、しばしば話し合いが停滞することがあります。
誰かが何かを発言して、議論を前に進めなければいけないとわかっていても誰も発言しないといった場面です。

なぜ発言が滞るかというと、「自分の発言なんて大したことない」という自信の無さ、勇気の無さ、他の人も黙っている連帯性などから行動を起こすことを放棄してしまうからです。

これは、チーム活動としては非常に危険な時間です。このままタイムアウトになれば、チーム活動の失敗に直結してしまいます。

こうした状況は、メンバー個々人の「リーダーシップの欠如」が露呈している場面だと言えます。

発言しなければチーム活動が失敗することにもなりかねない、その失敗の責任を「自分の」リーダーシップの欠如が原因だと思わず、「みんなの」責任だと緩く考えてしまうことは、特に低学年の活動に見受けられます。

そして、ただグループワークを経験させればリーダーシップが自然に身に付くかというと、そうではなさそうだと感じることが何度もありました。

リーダーシップと主体性の狭間

これは言い換えると、個人では発揮できている主体性が、集団で他者に対しては発揮できないということです。

多くの学生は、他者に対して自分の主体性をぶつけることに遠慮があり、そもそもそれをすることが良いこと、正しいことだとは思っていないのだと思います。

それゆえ空気を読み、周囲に合わせるので、結果的にチームとしてはエネルギーが弱くなり、停滞してしまうのです。

なぜ自然にリーダーシップが身に付かないかというと、そういう場面で客観的なフィードバックを受ける経験が無いからだと思います。それがネガティブな状態で、克服すべきことだと気づけないからです。

しかしそのような時に社会人が関わり気づきを与えれば、容易にブレークスルーも起こります。

例えばそのような発言が停滞した時に、「○○さんはどう思うの?」と社会人が介入したとします。

黙っていた学生が実際にノーアイデアで一言も発せられないかというと、実はそうではないことがほとんどです。そこから他の人も発言を始め、チームとしての議論が前進することがしばしばあります。

つまり、各自がリーダーシップを発揮している状態を、ファシリテーターが誘導して体験させることが可能です。学生は順応が早く、やがてファシリテーターが抜けてもリーダーシップが機能するようになります。

さらに言えば、「チーム活動では自分にできることがあれば行わなくてはいけない」ことを教え、「もっとできる」と自信を与え、「やってごらん」と学生の背中を押してあげれば、午前と午後といった短い間でも、見違えたように成長する学生がたくさんいます。

今、企業の成功のキーワードとして、共創の重要性について耳にすることが多いと思います。

共創が実現するには、組織やプロジェクトメンバー全員のリーダーシップの発揮が必須だと言えます。
当然のように、主体性やリーダーシップは、多くの企業で求める人材像の要素に掲げられています。

それゆえ、学生向けプログラムでリーダーシップを育成し、採用活動の成功につなげることも戦略として理に適っていると言えるでしょう。

「集団選抜型」の採用活動に加え、インターンシップとともに「個人育成型」の採用活動が浸透することは予想されていましたが、今年の夏はいよいよそれを実感することができました。

今回は、夏の学生向けプログラムに参加して感じたことについてお話ししました。
ではまた1カ月後にお会いしましょう。
次回もよろしくお願いいたします。

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