採用活動時期の「自由化」で、学業を阻害しない採用となるのか ―採用活動の教科書・応用編―

2021年卒の学生の採用からは採用活動自由化が起こる可能性が高くなってきました。これで何が起こりそうなのか、もともとの目的「学業を阻害しない採用活動」につながるのか、この機会に改めて考えてみたいと思います。

イントロダクション

こんにちは。組織人事コンサルタントの曽和利光です。先般、経団連会長が記者会見で、就職活動時期等を定めたルール廃止に言及したことが新聞等で報道されました(日経9月3日記事)。安倍首相はこれに反応して採用ルールを守るように改めて要請するなど、まだ諸々未定ですが、2021年卒の学生の採用からは採用活動自由化が起こる可能性が高くなってきました。これで何が起こりそうなのか、もともとの目的「学業を阻害しない採用活動」につながるのか、この機会に改めて考えてみたいと思います。

結論から申し上げますと、私の意見は「時期の自由化は概ね賛成」です。経団連会長のおっしゃるように、採用は事業経営の中でも重要な領域であり、生死をかけて日々競争している各企業に制約を強いるのにそもそも違和感があります。「ルールを作らないと、無法地帯になって超早期採用活動が起こるのでは」というような声もありますが、確かに新環境になった際には一時的に混乱が生じ、一部の企業が超早期採用(1年生等、低学年含む)をやるかもしれません。しかし、既に最近でも超早期採用を実施してきた企業があり、そのほとんどが成功とは言えない結果であり、今回も同様でしょう。理由は単純で「多くの学生はそんなに早くから就職のことなど考えない」からです。学生が温まっていないのに企業だけが熱くなっても空振りに終わる、それだけのことです。

ですから、結局、「神の見えざる手」ではありませんが、時期を自由化すれば、企業にとっても学生にとっても都合の「いい時期」に収斂していくのではないかと思います。私見では一時期自由化されていた2000年あたりと同様の3年生の秋から採用広報本格化、3年末から4年頭(つまり3月~4月にかけて)に大手の選考の山場が来るのではないでしょうか。大学生の学事日程は当時から大きくは変わっておらず、学生の長期休暇や試験期間などを考えると、結局、そこに落ち着くように思います(外れたらすみません)。

自由化の良いところは、「後ろ倒し」のデメリットであった就職/採用活動の長期化が是正される可能性があることです。日系大手が採用活動を「後ろ倒し」しても、外資やメガベンチャーなどは通年採用で3年秋などの早期から動いていたわけで、両者を併願する学生は実に1年近くずるずる就職活動をしなければなりませんでしたが、それが自由化によって、山場が収斂されていくと同時期に併願できるので時期短縮につながるのではないでしょうか。中小企業にとっても大手が早く採用活動を終えてくれたら、その後の採用活動もやりやすいのではないかと思います。

デメリットは真の問題が見えなくなること

もちろん、リスクがないわけではありません。完全自由化時の2000年あたりの求人倍率は1倍前後でしたが、現在は2倍に近づこうとしています。競争環境が違います。人気企業であっても、なかなか目に叶う人には会えない状況ですので、以前よりもいろいろトライする企業が増えて、(一時期とは思いますが、収斂するまでの)混乱は大きいかもしれません。しかし、既に今もどんなに企業側が頑張っても、学生の就職活動量は全体的に漸減しているわけです。この状況で企業だけがガツガツ行っても、学生がそれに即呼応するとは思えません。ですから、このリスクも限定的でしょう。

また、もし、合格率が1%を切るような超人気企業群が率先して超早期採用をするようになると、混乱は増すかもしれません。「学生が動かない」と言っても、超人気企業は別です。以前の自由化時もそういうことはありました。しかし、それも現在のように、これだけ「学業を阻害しない採用活動をすべし」という世論がある中、それを無視しての強行は無いのではないでしょうか。サイバーエージェントが年間100回以上やっていたリアルな場での説明会を廃止し、採用サイト上での動画のみでの情報提供に変えた「サイブラリー」という施策が、学生に歓待される時代です(実際、このことによって、地方学生の応募率の増加等、企業側にとっても様々な良い結果が生じています)。いくら人気企業でも、無謀な早期採用や学生の負荷を無視した採用活動をすれば、人心は離れ、世論の非難を受けるでしょう。

さらに言えば、もともと外資やメガベンチャーは既に自ら「自由化」して、試行錯誤をしながら採用活動を何年もやっているわけです。今さら経団連のルールが変わったとしても、外資やメガベンチャーにとっては自分たちの採用活動と同じになっただけですから、これが採用活動を大きく変えるきっかけにはならないでしょう。日系大手との競争が生じるので、やや競争は激しくなるかもしれませんが、以前と異なり、外資やメガベンチャーなども日系大手と比肩する、あるいは凌駕する人気企業となっており、「自由化」=「強力なライバル出現」という感じでもないでしょう。実際、早期に採用活動をしているメガベンチャーに内定をもらって、日系大手を受けることなく就職活動を終了する学生も大勢います。

となると、やはりそれほどデメリットはないように思えますが、私が懸念しているデメリットが一つあります。それは、「学業を阻害しない採用」の本質が見えなくなってしまうことです。今回のニュースの反響の大きさでも再認識できましたが、どうも「学業を阻害しない採用」=「時期をどうするか」ということになっているようです。もちろん、影響がないとは言いませんが、もっと学業を阻害しているものがあるのに、それがまったく議論の俎上にならないというのが最大のデメリットだと思います。

学業を阻害しているのは何か

では、その「最も学業を阻害しているもの」とは何でしょうか。私は、それは時期などではなく、「学生の大事な時間を奪う採用手法」ではないかと思います。例えば、実際に私が学生やキャリアセンターの方に伺っている話では、就職活動において最も負荷のかかるものは、エントリーシートだという声が最も多いです。1社あたり数時間、場合によってはいろいろな人に添削してもらうなどして10時間以上もかけて書く人も多数います。しかも、手書きであればさらに負荷がかかります。間違えたら一から書き直す人さえいます。例えば、エントリーシートを廃止して、企業が適性検査や面接などから選考を始めてくれれば、学生の負荷は大幅に減ります。

また、先のサイバーエージェントの例のように、リアル説明会を止めたり参加必須としたりしない、もしくは動画説明会などと並立させたりするなどはどうでしょうか。実際に、私がお手伝いさせていただいている会社などで、これをお勧めし、実際に導入していただくと、基本的にエントリー数が増え、優秀層の応募が増え、採用担当者の負荷も減り、と良い事ずくめになることがほとんどです。もちろんそれはこの施策が学生にとっても負荷が減るというメリットがあるからです。リモート面接もしかりです。ある調査では、導入率はまだ1割というリモート面接(Skypeなどのテレビ電話で面接をすることを可とすれば、遠距離の学生が時間とお金をかけて移動して、面接に赴く必要はありません。他にも、採用選考手法としては精度が高いことがわかっている適性検査を事前に行うことで面接に来てもらう人の人数を減らすとか、RJP(Realistic Job Preview/包み隠さず良いことも悪いこともきちんと伝える姿勢のこと)を意識した採用広報で、マッチしなさそうな人が受験しないようにセルフスクリーニングを促す、等々、様々な「学業を阻害しない」ような負荷の少ない(しかも実は効果的な)採用手法はたくさんあります。

私は、就職活動や採用活動の時期はもちろん大事な要素だとは思いますが、それよりも、いかに学生の時間を無駄に奪わない工夫ができるかどうかという採用手法について論じるべきだと思います。時期が早いと学生思いでなく、後ろ倒しすると学生思いであるということなどありません。むしろ、負荷の軽い採用活動をしているのであれば、低学年から広い意味での採用活動をしていようと、それはある意味キャリア教育でもあるわけですから、けして「学業を阻害している」とは言えないように思います。本当の意味で「学業を阻害しない採用」とは何かがきちんと議論され、そういう採用活動をしている会社が評価され、賞賛され、結果、就職活動においても学生の人気を獲得し、良い採用ができるような採用市場になることを願っています。

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曽和 利光(そわ・としみつ)
曽和 利光(そわ・としみつ)
1995年(株)リクルートに新卒入社 、人事部配属。
以降、一貫して人事関連業務に従事。採用・教育・組織開発などの人事実務や、クライアント企業への組織人事コンサルティングを担当。リクルート退社後、インターネット生保、不動産デベロッパーの2社の人事部門責任者を経て、2011年10月、(株)人材研究所を設立。現在は、人事や採用に関するコンサルティングとアウトソーシングの事業を展開中。

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